IE9ピン留め


ホームページ更新日誌(2009/5/12)
かなり前になるが(2009/4/7)、MYホームページ「ヒンディー文学巡り」を更新した。
今年二回目の更新である。

今回は、
「トゥルシーダースb詳細1 विनयपत्रिका 」のわずかな更新であった。

その内容は、

詩節の表示を詩の体裁に改めた。
第103 詩節を例に取ると、
原文は以下の通りである。

103
यह बिनती रघुबीर गुसाईं ।
और आस-बिस्वास-भरोसो, हरो जीव-जड़ताई ।।1।।
चहौं न सुगति, सुमति, संपति कछु, रिधि-सिधि बिपुल बड़ाई ।
हेतु-रहित अनुराग राम-पद बढ़ै अनुदिन अधिकाई ।।2।।
कुटिल करम लै जाहिं मोहि जहँ जहँ अपनी बरिआई ।
तहँ तहँ जनि छिन छोह छाँड़ियो, कमठ अंडकी नाईं ।।3।।
या जगमें जहँ लगि या तनुकी प्रीति-प्रतीति सगाई ।
ते सब तुलसिदास प्रभु ही सों होहिं सिमिटि इक ठाईं ।।4।।


これまでの表示は、以下のようであった。

103 ラーマよ、主よ、あなたに祈願します。他にたいして希望や信心や依頼心を抱くような、このわたしの愚かさを、奪い去ってください。

わたしは解脱も英知も財産もまったく欲しくはありません、繁栄も偉大さもまた。ラーマよ、ただあなたの御足にたいするわたしの純粋な愛が、日一日といや増しに増せばよいと、ただそう願うだけです。

悪行の報いで、たとえわたしがどのような世界に生を余儀なくされても、どうかわたしへの愛顧を瞬時も止めないでください、亀が自分の産んだ卵を手放さないように。

主よ、この世でこの身体が経験するかぎりのすべての愛、信頼、関係が、一点に集中し、ただあなたにたいするものでありますように。


これを今回、
原文の改行をできるだけ忠実に訳に反映させ、
次のように改めた。

103
ラーマよ、主よ、あなたに祈願します。
他にたいして希望や信心や依頼心を抱くような、このわたしの愚かさを、奪い去ってください。

わたしは解脱も英知も財産もまったく欲しくはありません、繁栄も偉大さもまた。
ラーマよ、ただあなたの御足にたいするわたしの純粋な愛が、日一日といや増しに増せばよいと、ただそう願うだけです。

悪行の報いで、たとえわたしがどのような世界に生を余儀なくされても、
どうかわたしへの愛顧を瞬時も止めないでください、亀が自分の産んだ卵を手放さないように。

主よ、この世でこの身体が経験するかぎりのすべての愛、信頼、関係が、
一点に集中し、ただあなたにたいするものでありますように。


さて、これからの更新の予告だが、
それは रामचरितमानसの試訳、ということになる。
今は、これしかやっていない。
बालकाण्डが済んだら、ホームページに反映させるつもりだが、
いつのことになるやら、見当もつかない。
# by arigio | 2009-05-12 17:22 | ホームページ | Trackback | Comments(0)

ホームページ更新日誌(2009/3/4)
過日(2009/2/285)、MYホームページ「ヒンディー文学巡り」
を更新した。
今年初めての更新である。

今回更新したのは、
前回の更新日誌で予告した通り、
「トゥルシーダースb詳細2 कवितावली」の更新である。

その内容は、

1.各詩節の表示を詩の体裁に改めた。
बाल कांड 17 の詩節を例に取れば、
これまでの表示は以下のようであった。

美しい館でラーマは花婿に シーターは花嫁になった 美女たちがいっしょに歌を歌い 若いバラモンたちがそろってヴェーダを唱える 腕輪の宝玉に映ったラーマの影 その影を見つめるジャーナキーは すっかりわれを忘れ 手はじっとそのまま 瞼を動かす気配もない

これを今回、次のように改めた。

美しい館でラーマは花婿に シーターは花嫁になった
美女たちがいっしょに歌を歌い 若いバラモンたちがそろってヴェーダを唱える
腕輪の宝玉に映ったラーマの影 その影を見つめるジャーナキーは
すっかりわれを忘れ 手はじっとそのまま 瞼を動かす気配もない


原文は以下の通りなので、
原文の改行をできるだけ忠実に訳に反映させた、
というわけである。

दलह श्रीरघुनाथ बने दुलही सिय सुंदर मंदिर माहीं ।
गावति गीत सबै मिलि सुंदरि बेद जुवा जुरि बिप्र पढाहिं ।।
रामको रूपु निहरति जानकी कंकनके नगकी परछाहीं ।
यातें सबै सुधि भूलि गई कर टेकि रही पल टारत नाहीं ।।


できるだけというのは、訳文の一行の文字数の関係で、
原文の一行が、訳文では二行にせざるをえない、
という例外もあった、ということである。

2.各巻を細分して章立てし、
各章にタイトルを付した。
例えば、上に引用したबाल कांड 17 の詩節は、
「弓の祭儀 (धनुर्यज्ञ)」という章の一詩節である。
その章立てと、タイトルについては、
Gita Press版のテキストにほぼ準拠したが、
ともに検討の余地があると思った。

さて、これからの更新の予告だが、
* रामचरितमानसの試訳の校正。
今は、ほとんどこれしかやっていない。
手持ちのテキストは、ページ数が1181ページあり、
すでに100ページほど校正を終えたが、
いまだにबालकांडの「ラーマ誕生」に至っていない。
なんだか気が遠くなるような作業で、
ホームページに反映させるのは、
ずっと先のことになるだろう。

* कवितावली、विनयपत्रिकाの試訳をもっと充実させる。
(訳の検討。単語への注の作成)
というところだろうか。この方面で、
たぶん、次回は更新できると思う。

このブログ自体への記事のやり残しもある。

いずれにしても、予定は未定。
# by arigio | 2009-03-04 17:54 | ホームページ | Trackback | Comments(0)

ホームページ更新日誌(2008/12/8)
過日(2008/11/15)、MYホームページ「ヒンディー文学巡り」を更新した。
今年三回目の更新である。

今回更新したのは、
前回の更新日誌で予告した通り、
「トゥルシーダースb詳細1  विनय पत्रिका」
の追加・訂正である。
抄訳の数を増やしたことになる。

元々、比喩の使われた詩句を中心に、試訳していたのだが、
前回、初めて掲載した時は、
そのすべてを掲載する自信はなかった。

主に使用しているテキストは、सटीक、
つまりヒンディー語の注釈付きなのだが、
なぜそのようなヒンディー語訳になるのか、
よく分からない部分も多々あったからだ。

その後、विनय पत्रिकाの語彙録を作成し、
すでに作成していたकवितावलीの語彙録も合わせて参照し、
なんとか再度、抄訳を試みた次第である。

さて、これからの更新の予告だが、
* रामचरितमानसの試訳の校正。まずはबालकांडから。
(語彙録の作成は断念した)
* कवितावलीの試訳をもっと充実させる。
(訳の検討。小題の追加。単語への注の作成)
というところだろうか。
このブログ自体への記事のやり残しもある。

いずれにしても、予定は未定です。
# by arigio | 2008-12-08 18:01 | ホームページ | Trackback | Comments(0)

ホームページ更新日誌(2008/7/26)
最近、MYホームページ「ヒンディー文学巡り」を更新した。
今年二回目の更新である。

今回更新したのは、
前回の更新日誌で予告した通り、
「番外 トゥルシーダース1. कवितावली語彙録」の訂正・追加である。
訂正もたくさんあった。
追加ということでは、
कवितावलीで使われている単語の内、
アラビア語・ペルシア語由来の単語を明示した。
そうそう、
トルコ語由来の単語も一語あったな。
बैरख(kvu92) ← T. بیرق というふうに。
ちなみに、この単語は「旗」という意味。

このような外来の単語が、
最終巻のउत्तर कांडに
率的に多く使われているような印象だった、
正確な集計・計算はしていないが。
他の巻とは成立年代に違いがあるのかもしれない。

さて、これからの更新の予告だが、
優先的に言って、
1.विनय पत्रिकाの抄訳をもっと増やすこと。
2.रामचरितमानसの語彙録作成。
(訳は半分ほどやっているが、まずは語彙録)
3.कवितावलीの試訳をもっと充実させる。
(訳の検討。小題の追加。単語への注の作成)
というところだろうか。
このブログ自体への記事のやり残しもある。

いずれにしても、予定は未定。
さらには、最近、
「ヒンディー文学巡り」というより
「トゥルシーダース巡り」になっているようだ。
これも一考の余地があるかも。
# by arigio | 2008-07-26 16:43 | ホームページ | Trackback | Comments(0)

ホームページ更新日誌(2008/7/10)
過日、MYホームページ「ヒンディー文学巡り」を、
今年初めて更新した。

今回更新したのは、「トゥルシーダースb詳細2 カヴィターワリー」で、
कवितावलीの翻訳を掲載しているページである。
残っていたउत्तर कांडの試訳を掲載・追加した。
今年いっぱいかかるのではないかと思っていたが、
わりと早く終わった。
これで一応すべて訳したことになる。

翻訳・校正しながら、多々思うことがあったが、
ここには一点のみ記しておく。

この巻はラーマーヤナの後日譚といったような、
筋があるものではなく、
内容は विनय पत्रिका と同じく、宗教詩集といったところだが、
その主題にちなんだ、他の巻ではあまり出てこない
概念を表す、単語群が多く見受けられる。

例えば、名詞だけに限定すると、
日本語で(憐憫、憐れみ、慈悲、恩恵、恵み、情け)
といった概念をあらわす単語として、
करुना, दया, कृपाが多く使われている。

このような単語の訳語の決定は、
かなり苦労した。
というか、翻訳の限界、ここにあり、
という感じだった。

というのは、洋の東西を問わず、
韻文で使われている単語は、
単に意味作用によって、テキストのその場所に
置かれているのではなく、
前後の単語の音声面と調和する形で、規則性をもって、
選択されているからである。

例えば、第176詩句の第三句前半、

देव न दयाल, महिपाल न कृपालचित,

においては、दयाの形容詞दयालと、कृपाの形容詞कृपालが、
それぞれ使われているが、
簡略な、口語的なローマ字表記に変えると、
(dev na dayal) (mahipal na kripalcit)となり、
देवにdがあるから、दयालが使われ、
महिपालにpalがあるから、कृपालが使われた、
と言えるだろう。
さらに進めて、(dayal mahipal na kripalcit)
とも考えることができるだろう。

だから、上の句を、

今や神々も情け深くなく 王たちも恵み深くない
と訳したとしても、便宜的な感を
拭いきれない。

さて、次回の更新の予告だが、
कवितावलीの語彙録の訂正・追加、
ということになるだろう。
追加ということでは、
アラビア語・ペルシア語由来の単語を明示したい
と思っている。
# by arigio | 2008-07-10 18:09 | ホームページ | Trackback | Comments(0)

『カヴィターワリー』の韻律 2.「チャッパヤ」
「チャッパヤ」韻律の例として、第七巻第112詩節を引用しよう。(नागरीप्रचारणी सभा 版)

जय ताडुका-सुबाहु-मथन, मारीच-मानहर ।। (1)
मुनिमख-रच्छन-दच्छ, सिलातारन-करुनाकर ।। (2)
नृपगन-बल-मद-सहित संभु कोदंड बिहंडन ।। (3)
जय कुठारधर-दर्प-दलन, दिनकरकुल-मंडन ।। (4)
जय जनक-नगर-आनंद-प्रद, सुखसागर सुखमाभवन ।। (5)
कह तुलसि दास सुर-मुकुटमनि जय जय जय जानकिरवन ।। (6)

(1)~(6)はテキストにはなく、便宜的に付加した詩句の番号。前回の「カヴィッタ」韻律と同じように、 音節に区分して書き替えると以下のようになる。

ज/ य/ ता/ डु/ का/ सु/ बा/ हु/ म/ थ/ न/ मा/ री/ च/ मा/ न/ ह/ र/ ।। (1) [18]
मु/ नि/ म/ ख/ र/ च्छ/ न/ द/ च्छ/ सि/ ला/ ता/ र/ न/ क/ रु/ ना/ क/ र/ ।। (2) [19]
नृ/ प/ ग/ न/ ब/ ल/ म/ द/ स/ हि/ त/ सं/ भु/ को/ दं/ ड/ बि/ हं/ ड/ न/ ।। (3) [20]
ज/ य/ कु/ ठा/ र/ ध/ र/ द/ र्प/ द/ ल/ न/ दि/ न/ क/ र/ कु/ ल/ मं/ ड/ न/ ।। (4) [21]
ज/ य/ ज/ न/ क/ न/ ग/ र/ आ/ नं/ द/ प्र/ द/ सु/ ख/ सा/ ग/ र/ सु/ ख/ मा/ भ/ व/ न/ ।। (5) [24]
क/ ह/ तु/ ल/ सि/ दा/ स/ सु/ र/ मु/ कु/ ट/ म/ नि/ ज/ य/ ज/ य/ ज/ य/ जा/ न/ कि/ र/ व/ न ।। (6) [26]

「カヴィッタ」韻律のような法則性は見当たらない。

ヒンディー語の韻律には、「カヴィッタ」のような「音節韻律」以外に、「マートラー韻律」がある。

「マートラー」とは韻律の最小単位で、ラグ音節が1マートラー、グル音節が2マートラーとなる。

しからば、ラグとは何か、グルとは何か、ということになるが、あまりに専門すぎて、また例外も多いので、ここでも詳述を避けて、ただ「短母音及びそれを含む音節、またはそれに相当する音節がラグ、それ以外の音節がグル」と言うだけにしておく。

では、音節を基準に書き替えた上の詩節を、今度はマートラーを基準に書き替えると、以下のようになる。ラグの後には1スラッシュ、グルの後には2スラッシュ置いている。

ज/ य/ ता// डु/ का// सु/ बा// हु/ [11]
म/ थ/ न/ मा// री// च/ मा// न/ ह/ र/ ।। (1) [13]
मु/ नि/ म/ ख/ र/ च्छ// न/ द/ च्छ// [11]
सि/ ला// ता// र/ न/ क/ रु/ ना// क/ र/ ।। (2) [13]
नृ/ प/ ग/ न/ ब/ ल/ म/ द/ स/ हि/ त/ [11]
सं// भु/ को// दं// ड/ बि/ हं// ड/ न/ ।। (3) [13]
ज/ य/ कु/ ठा// र/ ध/ र/ द/ र्प// [11]
द/ ल/ न/ दि/ न/ क/ र/ कु/ ल/ मं// ड/ न/ ।। (4) [13]
ज/ य/ ज/ न/ क/ न/ ग/ र/ आ// नं// द/ प्र/ द/ [15]
सु/ ख/ सा// ग/ र/ सु/ ख/ मा// भ/ व/ न/ ।। (5) [13]
क/ ह/ तु/ ल/ सि/ दा// स/ सु/ र/ मु/ कु/ ट/ म/ नि/ [15]
ज/ य/ ज/ य/ ज/ य/ जा// न/ कि/ र/ व/ न/ ।। (6) [13]

法則性が見えてくる。
(1)から(4)詩句までは、各詩句のマートラー数は24。24マートラーが(11→13)というふうに、さらに11マートラーと13マートラーに区分されている。
そして(5)と(6)の詩句では、各詩句のマートラー数は28。28マートラーが(15→13)というふうに、さらに15マートラーと13マートラーに区分されている。

しかし実際は、テキストのनागरीप्रचारणी सभा 版で「チャッパヤ」韻律に分類されている詩節をすべて検討したが、厳密な整合性を見出すのは困難だった。
上に引用した詩節も、青字で示したप्रという結合文字を、原則はグルなのだろうが、ラグと見なさなくては、整合性を見出すことはできない。
(参考書も何もなしで、ただ辞書の定義と観察のみで探求している、これが限界なのかもしれない)

さて、ともかく、「チャッパヤ」とは、
「先の4詩句がそれぞれ24マートラー(11→13)から成り、後の2詩句が28マートラー(15→13)から成るマートラー韻律」ということになるのだろう。
後の2詩句はそれぞれ26マートラー(13→13)から成る場合もある。

最後に脚韻について。
観察の結果は、上の引用において下線で示したように、次のとおりである。
詩句(1)(2)はअरで、詩句(3)(4)はअंडनで、詩句(5)(6)はअवनで、それぞれ韻を踏んでいる。
つまり、「チャッパヤ」の脚韻は、AABBCC型ということになるのだろうか。

最後に、この詩節の試訳は以下のとおりである。

万歳 ターラカーとスバーフを滅ぼし マーリーチャの高慢を挫いた方 ヴィシュヴァーミトラ仙の犠牲式を守護するのに手腕を発揮し 岩となったアハリヤーを救った方 恩恵の倉 シヴァ神の強弓を 並み居る王たちの腕力と傲りとともに 打ち砕いた方 万歳 斧を手にするパラシュラーマの傲慢を粉砕した方 日種族の白眉 万歳 ジャナカ王の都に喜びをもたらした方 幸の海 美の館 神々の中の王冠の宝石 万歳 万歳 万歳 シーターの夫 ラーマよ
# by arigio | 2008-03-28 18:27 | トゥルシーダース | Trackback | Comments(0)

『カヴィターワリー』の韻律 1.「カヴィッタ」
トゥルシーダースの『カヴィターワリー』で使われている、韻律についての稿である。ヒンディー語のある程度の知識を前提としている、ということを了解願いたい。

まずは「カヴィッタ」。例として第一巻の第8詩節を引用しよう。(नागरीप्रचारणी सभा 版)

छोनी में के छोनीपति छाजै जिन्हैं छत्रछाया
छोनी छोनी छाए छिति आए निमिराज के । (p1)
प्रबल प्रचंड बरिबंड बर बेष बपु
बरबे को बोले बयदेही बरकाज के ।। (p2)
बोले बंदी बिरुद बजाइ बर बाजनेऊ,
बाजे बाजे बीर बाहु धुनत समाजके । (p3)
तुलसी मुदित मन पुर नर नारि जेते
बार बार हेरें मुख औध-मृगराज के ।। (p4)

(p1)~(p4)はテキストにはなく、便宜上、筆者の方で付加した記号。
pはパーダの略。パーダとは一つの詩節の四半分。チャラナともいう。漢詩の絶句の「句」に当たる。

さて、上の詩節で使われている単語を、機械的に音節に区分し、各音節の後にスラッシュを置いて書き替えると、以下のようになる。

छो/ नी/ में/ के/ छो/ नी/ प/ ति/ छा/ जै/ जि/ न्हैं/ छ/ त्र/ छा/ या/ [16]
छो/ नी/ छो/ नी/ छा/ ए/ छि/ ति/ आ/ ए/ नि/ मि/ रा / ज/ के/ । (p1) [15]
प्र/ ब/ ल/ प्र/ चं/ ड/ ब/ रि/ बं/ ड/ ब/ र/ बे/ ष/ ब/ पु / [16]
ब/ र/ बे/ को/ बो/ ले/ ब/ य/ दे/ ही/ ब/ र/ का/ ज/ के/ ।। (p2) [15]
बो/ ले/ बं/ दी/ बि/ रु/ द/ ब/ जा/ इ/ ब/ र/ बा/ ज/ ने/ ऊ/ [16]
बा / जे/ बा/ जे/ बी/ र/ बा/ हु/ धु/ न/ त/ स/ मा/ ज/ के/ । (p3) [15]
तु/ ल/ सी/ मु/ दि/ त/ म/ न/ पु/ र/ न/ र/ ना/ रि/ जे/ ते/ [16]
बा / र/ बा/ र/ हे/ रें/ मु/ ख/ औ/ ध/ मृ/ ग/ रा/ ज/ के/ ।। (p4) [15]

法則性が分かるだろうか。
各パーダの音節数は31。31音節が(16→15)というように、さらに16音節と15音節に区分されている。

さらに各パーダの最後の音節、青色に変えた音節に注目してもらいたい。
今回は詳述しないが、ヒンディー語では音節をグル(重い音節)と、ラグ(軽い音節)に分ける。
केは二重母音एを含み、グルに分類される。

さて、このように、「カヴィッタ」とは、
「各パーダが31音節(16→15)から成り、各パーダの最後の音節はグルになる音節韻律」ということになる。

最後に脚韻についてだが、
「カヴィッタ」の辞書による定義には、韻律についての言及がない。
韻律は当然なことだと考えられていたのだろうか。

法則性は云々できないので、上の詩節をただ観察するだけにする。
すると、各パーダの最後の、グルの音節が韻を踏んでいる。
そればかりか、下線で示したように、その直前の音節と、さらにその前の音節の長母音を含めて韻を踏んでいるようだ。
つまり、
(आ / ज/ के/)(आ / ज/ के/)(आ / ज/ के/)(आ / ज/ के/)(आ / ज/ के/)
である。

なお、この詩節の試訳は以下のとおりである。

王位の天蓋の影が美しい 地上の王たちがみな 大地を覆いつくしながら ジャナカ王の国土にやって来た 
彼らは力強く 威厳があり 力に秀で 姿も身形も美しい 彼らはシーターの婿選びという めでたい儀式に呼ばれたのだ 
吟詠詩人たちは王たちへの賛辞を頌し 楽人たちも楽器を奏でる その場に集う勇者たちの中にも 楽の音に合わせて手を叩く者がいる 
都人たちはみな心に喜び アワドの獅子 ラーマの顔を何度も見やる
# by arigio | 2008-02-04 21:55 | トゥルシーダース | Trackback | Comments(0)

ホームページ更新日誌(2007/12/02)
つい最近、MYホームページ「ヒンディー文学巡り」を、
やっと更新した。
今年、四回目の更新である。
長い間一つのことをやってきて、それが終わると、
ちょっとした虚脱感がある。
それを振り切って、新しいことにチャレンジする、
という意味でもって、
このブログに記事を残す次第である。

今回の更新で追加したのは、
「番外 トゥルシーダース2  ヴィナヤ・パトゥリカー語彙録」である。
तुलसीदासのविनय पत्रिका
の語彙録を作成したわけだ。

前回の更新日誌で、
今回の更新の予告をしていのは、
「カヴィターワリー語彙録」の訂正・追加ということだったが、
別の更新になってしまった。
同時に進めていた、विनय पत्रिकाの語彙録作成の方が先になってしまった。
趣味の世界だから、
より興味のある方が、先になるのも当然かもしれない。

語彙録を作成しながら、
विनय पत्रिकाを再読したという感じだった。
初めの部分、神々等へのस्तुति(讃歌)の部分では、
サンスクリット語の語法も使われたりして、
かなり難解である。
この初めの部分と、それ以外とでは、
まったく違う文体のようで、
その相違はそのまま今回の語彙録に反映されている。

さて、一応、次回の予告をしておこう。
तुलसीदासのकवितीवलीの翻訳で残っている
उत्तरकाण्डの掲載ということになるだろう。
全部で183聯あるので、来年いっぱい、かかるかもしれない。

さらに欲を言えば、
विनय पत्रिकाの語彙録を作成しながら、
いつも念頭にあったこと、
1.韻律、特に脚韻について。
2.脚韻以外の部分で、単語が意味作用以外で、
音の面から、規則性をもって選択されているのではないか、ということ。
3.「掛詞」のような修辞法があるのではないか、ということ。
そんなことを、ホームページではなく、このブログに書けたらいいな、
とも思っている。

(予定は未定)
# by arigio | 2007-12-02 15:16 | ホームページ | Trackback | Comments(0)
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by arigio
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